医療法務コラム
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目次

第1、昨今、病院をとりまく経営環境は、備品諸々の物価高、そして人手不足常態化に伴う人件費さらには採用コストそれ自体の高騰により、厳しくなる一方です。
そこで病院の赤字が恒常となった場合、病院の経営側としては、倒産することを避けるために、売上増加に並行してむしろ売上増加より先に、生き残りをかけて経費削減に踏み切ろうとします。
ただし業績不振という状況があっても、雇用主が同意なく従業員の賃金を減給することは許容されていません。賃金は従業員にとって労働契約の中核にあたる重要な労働条件であることから、合法的に実施するには、たとえ整理解雇を回避するという目的であっても、所定の手続を踏む必要があります。

第2、まず抑えないといけない原則は、従業員にとって賃金とは生活の原資となる自分が労働する上で重要なものであるため、法律では、従業員の同意のない賃金減額を原則として禁止していることです(労契法8条反対解釈)。
とはいえ従業員の同意が得られたと評価されるためには、当該従業員が自由な意思に基づいて賃金の減額に同意したかどうかを検証されることがあります。単に「私は業績不振を了解して、自分の給料を幾らから幾らに下げることを了解します」というシンプルな記載の同意書を取得していても、後日、裁判紛争の中で、その同意書が従業員の自由な意思に基づいて作成されたものと認めるに足りるだけの、合理的な理由が客観的に存在しないと評価されることもあるのです。
そのように同意書の評価を覆すためには、従業員が賃金減額の必要をきちんと理解したうえで同意書にサインしたことを裏付ける状況を作り出す必要があります。
例えば、病院の収支損益を記載した概略書面を交付して財務内容を説明し、かつ、業績不振を打開するために病院がそれまで行ってきた経費削減策では成果が不十分であることを説明するなど、賃金減額しかもはや残っていない理由をできるかぎり丹念に説明していく必要があります。意外にもその作業を経ることで、経営改善のために賃金減額以外の方策があることを従業員に指摘されて気づくこともありますので。
なるほど、業績不振の詳細を働いている従業員に知られたくはない、だから収支損益の金額は従業員に伝えたくないという経営者の思いは理解できます。しかしながら、収支損益の金額は具体的に説明していない状況下で、賃金を将来減額しなければ存亡が危ぶまれるほどの業績が悪化していると説明しても、従業員が心から病院の状況を理解してくれて賃金減額もやむなしと同意してはくれないともいえるのです。ここはどこまでの情報を開示するのか、法律に詳しい弁護士と打ち合わせて決定することが望ましい場面です。

第3、就業規則を不利益に変更して例えば手当を突然失くすなどで支給する賃金を減額する手法も、原則として禁止されています(労契法9条本文)。
もっとも就業規則の変更による不利益変更については、その内容を従業員に周知させ、かつ、その変更内容が合理的であるときに限り、例外的に従業員への拘束力が発生します。
従業員の同意をえずとも不利益変更への拘束力を発生させる要件である、変更内容が合理的であるかどうかは、抽象的には、労働者の不利益の程度・労働条件の変更の必要性・変更後の就業規則の内容の相当性・労働組合などとの交渉の状況・そのほかの就業規則の変更にかかる事情などを総合して判断されます(労契法10条)。

第4、たとえば賃金減額という労働条件の切り下げを是とするための状況判断においては、企業が賃金減額以外の、例えば、《》にあげる経費削減のための対処を検討実施したかも検証されることになります。
《賞与など臨時給の一時的減額・残業抑制・部門休業・派遣受け入れの打ち切り・契約社員の雇い止め・早期退職の募集》

第5、最後に、降格を理由とする役職手当の不支給開始が可能かどうか争われた際に役職手当は一種の職能資格手当にあたり、役職者を降格させるためには客観的合理的理由の具備が必要であるところ、降格させる理由が欠けており人事権の乱用に当たるとして降格を理由とする役職手当の減額を認めなかった光輪モータース事件東京地判2006/8/30労判929号51頁、逆に、店長から流通部への降格について、店長としてのマネジメント能力の欠如・金銭管理のルール違反などの職務不適格を根拠づける事実を挙げて、職務等級の降格も降格に伴う給与減額もOKとした上州屋事件東京地判1999/10/29労判774号12頁、同じく長年にわたり赤字基調だった銀行でオペレーション業務の合理化計画を経営陣が提案し、その方針に積極的に協力する者は昇格するが積極的でない者は降格させて総務部に配転させた行動について、降格を発令された多くの者が特に降格には異議を挟んでいないことなど理由に、降格OKとしたバンクオブアメリカイリノイ事件東京地判1995/12/4労判685号17頁と、裁判所も事案に即して合法と違法を区分しているので、必ず労務に強い弁護士に相談したうえで実施して下さい。