医療法務コラム
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第1、医療機関においては、ある行動が時間外労働の対象となるのか否か一見して明白でないことから、スタッフがその行動に従事していた時間を、総務経理部門のほうでは労働時間にカウントしていなかったというすれ違いが起きることがあります。
そのスタッフが退職した直後に、スタッフが雇った弁護士から、ときには裁判所からいきなり書類が届き、開いた書類の1枚めに「未払い残業代30万円を支払え。30万円の付加金を支払え」という趣旨が記載されていたりします。
医療機関の経営者はそれをみてびっくりするのです、例えば「未払い残業代が30万円もあるはずがない。おまけに、未払い残業代と同額の30万円を支払えとは何事だ!未払い残業代の2倍の60万円もとるつもりとはなんて強欲なんだ!」と。
ではその付加金という経営者が労基法違反をしたときにペナルティとして課される、普通の契約では見受けられない制度について説明します。
第2、付加金というのは、従業員に対し労基法が要求する金銭支払がなされなかった場面で、雇い主への制裁として、従業員に対し支払うべき本体部分に加えて、同一金額を雇い主から従業員に支払うよう裁判所が命じる制度で、労基法114条で付加金制度は明文化されています。
付加金制度は、雇い主に対し労基法違反に対する制裁を科すことで将来にわたって違法行為を繰り返さないように抑止する教育的機能を果たすとともに、労基法違反による金銭不払を受けた労働者の権利を厚く保護するために設けられたものと解されています(松山石油事件。大阪地判2001/10/19労判820号15頁)。
第3、付加金制度の対象となる従業員への未払い類型は4つです。
《解雇予告手当の未払(労基法20条)・休業手当の未払(労基法26条)・時間外休日深夜労働の割増賃金の未払(労基法37条)・年次有給休暇のときの賃金未払(労基法39条)》
労働法務を通じて付加金の請求が一番見受けられる類型は、時間外休日深夜労働の割増賃金の事案です。
意外でしょうが、通常の賃金それ自体を不払しても付加金の支払を命じられることは法律上ありません。
とはいえ通常の賃金それ自体を不払すると、労基署が警察に告発して刑事事件として摘発される危険がほかの違反類型に比べて非常に高いです。
第4、裁判所が雇い主に付加金の支払を命じるかどうかを決定するにあたっては、雇い主による労基法違反の程度や態様・当該労働者が受けた不利益の性質や内容・労基法違反に至る経緯・発覚後の雇い主の対応など諸事情を考慮して、付加金の支払を命じるかどうかそれ自体を裁判所が決定すべしとされています(上記松山石油事件)。
上記の4つの類型に該当する従業員への未払金請求事案においても、付加金の支払まで雇用主に裁判所が命じるかどうかは様々です、具体例を紹介します。
・36協定を締結せずに残業させていた→付加金を命じた(朝日急配事件名古屋地判1983/3/25労判411号76頁)
・雇い主に労基法の知識が欠如しており、その事実認識を前提とすれば雇い主が時間外の割増賃金を支払う必要がないと判断していても無理からぬ特別な事情があった→付加金は命じない(江東運送事件東京地判1996/10/14労判706号37頁)
・労基署の立ち入り調査以降、賃金体系を労基署の指示とおりに整えて時間外の未払賃金を発生させぬよう改善した→付加金は命じない(上記松山石油事件)
・出退勤の時刻管理も行っていない、労基署から過去に是正勧告も受けていたのに改善していない→付加金を命じた(ゴムノナイキ事件大阪高判2005/12/1労判933号69頁)
・内容証明郵便で時間外手当を請求された際に雇い主が誠実な対応をしなかった→付加金を命じた(Aラーメン事件仙台高判2008/7/25労判968号29頁)
・管理監督者に該当しないことが明白なスタッフが、かなりの時間外労働をしているにもかかわらず、割増賃金を支払わない運用を続けてきた→付加金を命じた(H会計事務所事件東京地判2010/6/30判タ1348号146頁)
・給与体系を改善した際、専門家に相談せずに、給与の費目変更を小手先の措置で済ませて、残業代を支払っていないようにみせかける対策に講じているのは悪質→付加金を命じた(コーダジャパン事件横浜地判2016/9/29労判1218号67頁)
・時間外労働に対する未払について、法律上の主張に理由がないとの判断が一審で示されていながら、控訴審に係属したあとも支払拒絶を継続し、控訴理由の中でも不合理な言い訳に終始している→付加金を命じた(アートコーポレーション事件東京高判2021/3/24労判1250号76頁)
第5、付加金の定義の個所で、付加金は裁判所が雇用主に命じる制度と触れましたが、この定義との関係で、たとえ従業員の未払い類型4つに該当する場面であっても、雇用主が最終的に付加金の支払を免れられることはかなり多いこともよくは知られていませんので、免れられる3つの類型を紹介します。
第1に、裁判所を介さずに交渉で解決した場合です。付加金とは裁判所が命じるものですから、裁判所が関与しないで解決した事案では付加金を命じられることはありません。
第2に、裁判所を介した場合であっても、裁判そのものでなく労働審判で解決した場合です。なお労働審判の申立書に付加金を請求すると記載されていることがありますが、これは労働審判が裁判に移行するときに備えて付加金が時効消滅(法律的に正確には、除斥期間の満了という表現をとります)することを防ぐ目的で記載しているにすぎません。
第3に、裁判そのものに移行した場合であっても、控訴審の口頭弁論終結時までに、未払金本体の支払を完了した場合です(甲野堂薬局事件最判2014/3/6労判1119号5頁)。さらに、仮に第1審で未払金本体に加えて付加金の支払を命じられた場合であっても、控訴審で雇用主が未払金本体を支払いかつ付加金の支払命令の取り消しを求めた場合には、控訴審では付加金の支払命令を取り消す判決を出さなければならないことになっています(東京地判2016/10/14労判1157号59頁損保ジャパン日本興亜事件)。